この度は創立80周年おめでとうございます。
卒業してちょうど20年が経ちましたが、岐女短へ通っていた学生時代が懐かしく思います。
高校卒業を目前に、当時は大学進学を考えていた私ですが、希望していた大学の受験に対して
「私大はダメだ」と親から苦言を呈されていました。
代わりに提案されたのが、他県の岐女短への進学。
正直、下宿させてもらえるなら、と安易な気持ちで受験した結果、進学することとなりました。
進学が決まって直ぐに下宿の夢は絶たれ、片道2時間、朝5時起きの短大生活スタートです。
進学してみて通学も大変でしたが、学科の情報処理の講義に付いていくのが一番大変でした。
それまで高校では情報処理の授業など数える程度、自宅でもパソコンなど置いてないようなアナログ家庭
でしたから、講義ではいつも置いてけぼりの居残りコースな毎日でした。
ですが、当時の私は暗愚な者で、専攻するゼミは課題や講義が厳しそうな先生よりも、やさしい先生の方が
楽そうだと、失礼ながら瀬尾先生の情報処理のゼミを専攻することにしました。
落ちこぼれの私でしたが、ゼミの講義が苦痛に感じたことはありません。
瀬尾先生は厳しい先生ではありませんでしたが、とても丁寧に講義をなさる先生でした。
一つ一つ分かりやすく丁寧な講義は、パソコン超初心者の覚束ない私でも何とかそれなりに資格をとり、
卒業を迎える頃にはそれが自らの武器となっていたように思います。
卒業時に、はなむけの言葉として「これからあなた達は学生という立場から社会の歯車へとなっていく
訳ですが、それはこれまでのようにサービスを受ける側の立場から、サービスを提供する側の立場に
立ち位置が変わっていく、ということです。 、、、」
珍しく厳しい現実を口にされた瀬尾先生でしたが、当時20歳の私達にはとても「ハッ!」とさせられる
お話しでした。
あの言葉を聞いていなかったら、今でも学生気分で社会に居座っていたかもしれません。
普段の講義では無駄話などせず、ただおっとりゆっくりと丁寧に講義される先生でしたが、最後の
講義では先生から真意のある教えを頂けたような気がして、とても記憶に残っています。
卒業後は地元企業へ就職し、職場では岐女短時代に学んだ情報処理のスキルが大変重宝しました。
きっと、このスキルが無ければ内定ももらえていなかったと思います。
今でも甘ったれな私ではありますが、仕事を続けつつ、夫と育児生活を頑張る毎日です。
あの当時、自分で選んだ学校ではなかったですが、親の提案には今でも感謝しています。
今よりも甘ちょんだった自分に、学びある教育を施してくださったこと、改めて感謝申し上げます。
今後も岐女短の隆盛を心より祈っております。